2012年12月4日火曜日

世界会議~Gneral Assembly(Elections) 他

会場入口の様子
原田JCI直前会頭候補者紹介
次年度JCI会頭のJCIクリード唱和 

世界会議総会に参加してきました。全編英語の為、同時通訳のヘッドフォンをしながら総会を聞いていました。京都会議などで日本JCの総会に参加してきましたが、ユーモアがあり、どこかアバウトで、でも堂々と皆さんに伝えるJCIメンバーのスピーチは日本の感覚とは全く違うものでした。

総会の中で次年度JCI会頭や、2014年度世界会議開催地が決まりしました。JCI会頭決定の瞬間は歴代の会頭、VPの方々がお祝いに駆けつけておられました。世界会議はドイツのライプツィヒ。ベルリンの壁崩壊に繋がる市民運動が最初に始まった場所です。10年にも亘る招致活動を経て、決まったそうです。招致に関わったメンバーの皆様本当におめでとうございました。

 私達中国地区も広島青年会議所が2016年全国大会招致に向けて再び動き出します。単年度制のJCではありますが、このような活動を繋いでいる姿を見ると、お互いは絆や思いで繋がっている団体であると改めて思います。

2012年11月29日木曜日

台湾総統府

 台湾総統府を尋ねました。赤レンガが象徴的な総統府ですが、日本人の設計からなのか、どこか親しみやすい感じがしました。総統府に入る前、パスポート確認があったり、金属探知機があったりとかなり厳重なチェックを潜り抜け中に入りました。

 中に入った後は台湾総統府専属の日本人ガイドの方に館内を案内頂きました。一階フロアはパネル展示がしてあり、総統府建設に関する事や台湾の歴史、歴代総統に関する説明を受けました。台湾は日本統治下でインフラが作られた事はある程度知ってはいましたが、本当に多くの日本人が台湾に関わっており、歴史の上からも日本と台湾は繋がりが深いことを再認識しました。しかし、そのパネルは台湾語や中国語などの表記しかありませんでした。『日本人観光客も多いのになぜ日本語表記がないのですか?今は台湾人の日本人を見る目が変わったのですか?』と聞いてみました。すると『そんな事はありません。東日本大震災の義捐金でも分かるように、私達は日本を見ています。しかし、自国で経済が回る日本と違い、台湾は自国ではとても成り立っていかない。台湾は輸出で経済が成り立っている為、貿易相手国との関係が最も重要です。そういった事も理解頂きたい』と言われました。確かに台湾の貨幣価値、2000万人という人口、現在の中国圧力下での状況を考えると、生きていく為に低い貨幣価値を武器に輸出に偏って他国と上手く付き合っていかなければならない現状にあるのでしょう。そんな中でも、平均所得が13万円の台湾の人々から東日本大震災に対して100億円を超える義捐金が寄せられたことを、私達はしっかりと考えなければならないと思いました。

2012年11月28日水曜日

九份の街


↑最も景色が良いとされる阿妹茶楼前の通り
神戸六甲のような険しい山肌に作られた街↓
↓高低さの激しい階段を上がっていく九份の町
                  


  台北市内から車で東に一時間のところに九份(キュウフン)という小さな町があります。ここ九份はジブリの宮崎監督が『千と千尋の神隠し』の一場面として使ったことで有名な町です。九份という名前の由来は、昔ここは9人の小さな村で、隣町まで食料などを買いに行っていたそうです。そのうち、村の人の買出しを交代でするようになり、9人分の食料を買っていた為その名前がついたようです。その後、日本統治下時代、金が見つかりゴールドラッシュに沸きました。しかし労働環境は厳しく、ヘトヘトになりながらその日出た日当で夜市の食料を食べたそうです。『千と千尋の神隠し』で千尋の両親が豚になるシーンがありましたが、その時歩いている人たちが、死んだような人影だったのを思い返すと、その当時の物語が描かれていたのかも知れません。そして今観光地として、沢山の人々が訪れる町となりました。
 現在、日本各地で町おこしが模索されていますが、ここ九份からも学ぶ事があるような気がします。町の特色や歴史を生かすことで、訪れる人に何かを感じさせます。映画の舞台である事がキッカケではありますが、その特性を生かしてゴールドラッシュ後の廃墟から見事観光地として復活しています。もしかすると私達の住む街も、普段意識していない事でも訪れる人に何かを感じさせるものがあるかも知れない、そんな事を考えることができた時間でした。

2012年11月26日月曜日

台湾の宗教


  台北を訪ねた際、現地の方々が熱心にお祈りをしている姿を見ました。台湾の宗教ってどういうものなのですか?と尋ねると、道教と仏教が一緒になったものですという答えでした。仏教はわかるのですが、道教は耳慣れない言葉した。もともとは漢民族の伝統宗教であったようで、それが中国全土に広まり、仏教と融合した福建省の福建道教が台湾の宗教のルーツのようです。更に、道教は仏教だけではなく、儒教とも融合した為、仏教の観音菩薩を祀ったり、儒教の創始者である孔子が文昌帝君と並んで祀られたりと日本人の私からすると奇妙な感覚を受けます。ただし、これはその国や地域に根付く文化であり、否定すべきことではありません。
 
 そもそも日本人の仏教は、イスラム教信者のように聖地メッカに一日5回お祈りをするような信者ではありませんし、ほぼ単一民族で構成された島国に住む私達はあまり意識はしませんが、世界を知ることは宗教を知る事だと言われています。私達は知らない国を訪れて見るものは、観光地やエンターテイメントの部分に偏ることも少なくないのかもしれません。しかしながら、それは表層の部分であり、その国の歴史や文化、宗教といったものがその国や地域の人々の思想や感性の根幹をなしています。その上に様々なものがあり、存在しているのだと思います。

 学生時代、私達は世界史というものを習いましたが、一体何を学んだのでしょうか?などと考えさせられます。無論、限られた時間の中ですべてを学べないのも事実ではありますが、せめても興味をもってもらい、その上で自ら学べる部分は必要と考えます。グローバル社会だと言われる現代社会・・・しかしその本質は、グローバルを知る事で様々なものさしを持てる事、その上でローカルを大切に出来るということに繋がっていくのではないかと感じました。

2012年11月24日土曜日

2012三次こども市議会

                     11月17日、広島県三次市役所に行ってまいりました。10月に三次を訪れた際、小学6年生の子供達が市議会の一般質問を行う事業があるとのご案内を受けた為です。三次市役所の会場の傍聴席に着くと、目の前には、市長はじめ、議員の皆様、そして一般質問を行う子供議員の皆さんが座っていました。

 子供市議会に先立ち、三次青年会議所片岡理事長の挨拶、三次市長挨拶がありました。片岡理事長は本事業へのアツい思いを、市長は事業に向かう真剣な気持ちをお話されました。

 一般質問が始まると、子供議員の皆様が、通学路の安全確保や公園整備、災害対策、小中一貫教育に伴う三次小学校新設などについての質問が行われました。その質問に対して、各担当者からの答えがありました。今年度からの一般質問は、担当者からの答えに対して再度質問が行えるようにはなっていましたが、小学6年生がアドリブでそれを行う事は難しく、具体的な予算化には至りませんでした。しかしながら、自然保護の観点で絶滅危惧種である野鳥の『ブッポウソウ』の質問に対してだけは、市長が来年5月までに看板設置を約束されました。

 たかが看板設置です。しかしながら、この子達が中学生になって、来年5月に看板を視た時どのように思うでしょうか?小さな事であっても、自分の考えた意見が市制に反映された事は大きなことであると思います。小さな一歩ではありますが、子供達には大変貴重な経験であったと思います。片岡理事長はじめとされる社団法人三次青年会議所の皆様におかれましては、是非『こども市議会』を続けて頂き、市民の皆様にも訴え続けて頂きたいと思います。

2012年11月18日日曜日

卒園

先日、子供と一緒に幼稚園に行きました。園児の作品展を見るためです。その時普段子供達がいる教室にもお邪魔してみました。教室では先生がおられました。普段先生と話す機会がないので、少しお話をしました。その間、我が子が『パパ、iPAD貸して』と言ってiPADで教室の写真を何枚も何枚も撮っていました。
  
 後でその写真を見返してみると、普段自分が使っているロッカーや、自分達が作った作品、遠足で拾ってきた栗、切りかけの画用紙、そんな写真が撮られていました。よくよく考えてみると、彼は最近、ランドセルを買いに行ったり、学校の制服の準備やそれに関わる健康診断をしたり、小学校に通う為の準備をしています。彼なりに、卒園する事に寂しさを感じる中で何かを残したいと感じていたのではないかと思いました。

 私達も人生の中で様々な卒業のタイミングを迎えます。私も一年間理事長職をさせて頂きましたが12月でその職から卒業となります。精一杯やってきましたが、志半ばで出来なかった事も多く、寂しさも残ります。今年度、私は誰かに何かを残す事が出来たのでしょうか?人に評価されたい為にやってきた訳ではないのですが、誰かが何かを感じてくれたらと思います。

 単年度制の青年会議所、来年は直前理事長として相談役的な職にはなりますが、また新たな役職で一年間やって行きたいと思います。

2012年11月12日月曜日

100階建の家

                   『100かいだてのいえ』より

 昨日、我が子の作品展を見に幼稚園に行きました。『100かいだてのいえ』という絵本を素に園児達が思い思いの自分の100階建ての家を作品にしていました。絵本の中では、同じ家で動物達が仲良く暮らしていました。子供達もそれにならって沢山の動物を同じ家に描き、作品にしていましたが、人に置き換えて考えてみると意味深い絵本だと感じます。

 今の日本は核家族化が進行していています。その為、共働きが増え、子供達の生活が心配され、社会的に学童保育やこども園などの施策が求められています。しかしながら昔日本は、何世代もの同居が基本でした。いつの頃からか、いつかはマイホーム(自分の城)と自らの幸せを追い求め、核家族化していった気がします。しかし、世の中は、それに反してグローバル化していきました。社会を100階建ての家にたとえるなら、違いを理解しながらも分かり合って行かなければ同じ社会(100階建の家)で同居する事は出来ないと思います。
 昔から違いを受け入れて生活してきた日本人が、今度は世界という100階建の家での同居を考える時、恒久の平和への道が開けるのかも知れません。